私は天使なんかじゃない







第一印象






  それはとても大切だと思う。
  人間関係はそこから始まる。初っ端から誤解されると軌道修正が非常に困難だ。
  第一印象、それはとても大切。





  カチャカチャ。
  ナイフとフォークを使って私はバラモンステーキを食べる。
  スペシャルソースがおいしい。
  何だろ、デミグラ?
  私はアッシャーとテーブルを囲んで食事をしている。晩餐してる。テーブルは簡素だ。もちろんアッシャーと隣り合わせで食べてるわけじゃ
  ないけどさ。少し意外だ。王を自称しているわけだから滅茶苦茶長いテーブルを想像してたのに。
  給仕の男が私のグラスにワインを注いでくれる。
  ……。
  ……すいません、給仕の人までモヒカンのレイダーなのは少し目障りなんですけど。
  軍隊を名乗らせるなら恰好や武装も考えた方がいいと思う。
  まあ、別にいいですけどね。
  私の軍じゃないし。
  私の街じゃないし。
  好きにしてください、とりあえずそれが私の心情ですね。
  基本的に今現在は中立です、私。
  さて。
  「おいしい? それ、私が作ったの」
  「おいしいです」
  晩餐に同席している綺麗な女性が微笑しながら私に問い掛ける。
  名前はサンドラ。
  アッシャーの奥さんらしい。すっごい美人。
  「特製ソースがいけるでしょう?」
  「はい」
  「よかった。うちの人も気に入ってるの、それ。貴女の口に合って良かったわ」
  少し意外だ。
  アッシャーの奥さんが綺麗な事が意外というわけではない。まあ、それはそれで意外だけど……一番意外なのはアッシャーの人となりだ。
  とっても紳士。
  それが第一印象だ。
  確かに支配層の頂点に立つ男なわけだから尊大な雰囲気は出てるけど別に横暴ってわけではなさそうだ。
  そこがワーナーやミディアの意見とは異なる。
  2人が嘘を言ってる?
  アッシャーは猫を被ってる?
  まあ、どっちが正しいかなんて私には分からない。どちらを信用すべきなのかもまだ不明だしね。
  私は異邦人。
  だから冷静な視点で状況を見極めるとしよう。
  「サンドラ、食べ終わったらマリーの様子を見てきてくれ」
  「あら、デザート食べようと思ってたのに」
  「新しい友人と話があるのだよ」
  「分かったわ」
  ガタ。
  サンドラは椅子から立ち上がって部屋を退出した。アッシャーは給仕の男に手を振る。一礼して彼もまた下がる。
  この部屋には私とアッシャーの2人きりだ。
  ここにはタレットがある。
  私が妙な行動したら即座に射殺するつもりか。おそらくロックオンされているのだろう、機銃は私に向いていた。
  無視してワインを一口啜る。
  おいしい。
  「ミスティよ、君に問いたい。いいかな?」
  「どうぞ」

  「お前は私の街に何しに来たのだ? ……隠すな。奴隷でないのは見れば分かる。ああ、さっきも言ったかな?」
  「ええ」
  「そうか。それで何しに来た?」
  「実は結構込み入っててね。今のところは特に無目的じゃ駄目かしら?」
  無目的。
  嘘ではない。
  どちらに付くか、それとも私が新たに道を作るのか……あー、そうそう、シーと一緒にキャピタル・ウェイストランドに帰るという選択肢もある。
  どれを選ぶかは私の自由。
  「理由を言いたくないという事か?」
  「まあ、そんな感じ」
  「よかろう。誰にでも過去はある。人にいうのもはばかれるような過去がな」
  「ははは」
  少し違うんですけどね。
  言えない過去があるからはぐらかしたってわけじゃあないんだけどアッシャーは誤解しているらしい。
  まあいいけど。
  好都合だし。
  「そういった過去は捨て去るがいい。この街では成長を続ける軍や産業の一部になってもらいたい。もしかしたら治療薬が完成するのを目の
  当たりにする幸運にも恵まれるかもしれないな」
  「治療薬」
  つまり。
  つまり今の言い方から察するにまだ完成していない?
  だとしたら何を躍起になってるんだワーナー達。
  知らないのかな、その事を。
  それとも未完成の治療薬を奪って自分達で完成させるつもり?
  いや。それでも意味は通らない。
  どう考えたって設備は支配者であるアッシャー側の方が精度が高いだろう。完成してから奪った方がよっぽど効率的だ。
  何考えてんだ、ワーナーは。
  「だが誰しもが完璧ではなく蘇った過去に苛まれる事がある。……君はワーナーと言う男を知っているな?」
  「さあね」
  「天罰以来、この街では誰もが、がむしゃらに生きてきた。確かに君にとってこの街は残酷に見えるだろう。だがそうでもしなければこの地獄
  では暮らせないし生きていけないのだ。私も、兵士も、労働者達もな。それは理解してくれるか?」
  「ええ」
  「改めて聞くとしよう。君はワーナーを知っているか?」
  「……」
  咄嗟に返答に詰まった。
  アッシャーはおそらく探りを入れているのだろうけど、もしかしたらアッシャーは私が送り込まれた存在だと知っているのかもしれない。
  厳密には拉致されて送り込まれたんですけどね。
  どう返答する?
  私の発言がある意味で分岐になるのは確かだ。
  有効か敵対か。
  答えた結果でそのどちらかになる。
  私は考える。
  少しの時間を費やした後に私は静かに頷いた。
  「そいつに言われてここに来たわ。正確には送り込まれた」
  拉致されてね。
  それは言わないでおいた。
  だって私が間抜け見たいじゃん。
  「はははっ! その正直さは買おう。この時代では珍しい美徳だっ!」
  「そりゃどうも」
  誉められた。
  世の中って意外性に満ちてるなぁ。
  「君はワーナーの何を知っている?」
  「眼帯男、横暴男、息臭い男、それだけよ」
  「では教えよう。ワーナーはかつて私の腹心だった。今のクレンショーの立場だったのだよ」
  「嘘っ!」
  それは聞いてないぞーっ!
  だとしたら奴はこの街での勝ち組じゃん。なのに反逆した。
  奴隷達の境遇が哀れになったから反乱画策?
  ……。
  ……いやー。そういうタイプじゃない気がするぞー。
  権力欲しさな気がする。
  どっちにしてもこりゃ迂闊にどっちの側にも付けない。だって内部抗争の片棒担ぎにはなりたくないし。
  取って代わりたいだけな気もする。
  治療薬を手に入れたらそれを武器に奴隷達を制御しようとするかもしれない。個人の感情としてアッシャーを倒したいのであれば別にいい。だけど
  必然的にアッシャーを倒せば、その倒した者が街を仕切る権限を奪取した事に繋がるのは確かだ。
  街の運営は善意だけでは成り立たない。
  能力が必要だ。
  なければ暴君となる。
  アッシャーの街の運営は見る限りでは軌道に乗ってる。
  奴隷がどうとか病気がどうとかは私はとりあえず評価の対象に入れない。だって私は異邦人、どうしても客観的に見てしまうのは仕方ない。
  ワーナーは器だろうか?
  まだ分からない。
  「君は知っているかは知らないがワーナーは反乱に失敗して街を追われた身だ。しかし今、再び舞い戻って来ている。何をするつもりだと思う?」
  「さあ。分からない」
  「奴の事だ。お前を使って私とサンドラの宝を……い、いや、街にとっての宝を奪おうという魂胆なのだろう」
  「宝?」
  何だろ、宝って。
  金銀財宝?
  だとしたらトレジャーハンターのシーが喜びそうだ。
  アッシャーは身を乗り出す。
  「君は奴の計画に従うつもりか? 操り人形でいるつもりか? 正直な答えが聞きたい。タレットに怯える必要はないぞ」
  「うーん」
  判断を下すには情報が少な過ぎる。
  ワーナーの事もよく知らないけどアッシャーの事はもっと知らない。
  迂闊な判断は出来ない。
  返答もだ。
  私は無責任は嫌いですから。
  「アッシャー、質問してもいい?」
  「許可しよう」
  「ワーナーは奴隷を解放する気でいる。治療薬を奪って奴隷に投与するつもり。それって……本当だと思う?」
  「奴は嘘を付いている」
  「嘘?」
  「そうだ。投与するつもりがあるのかは知らん。しかし解放はしないだろう、そこは私と変わらんよ」
  「……?」
  「治療方法の発見は奇蹟だよ。しかし労働者の解放には繋がらない」
  「何故?」
  「この街の労働力だからだ。市民として住んで貰わんと困る。治療はすると私は約束しよう、しかし街を捨てさせるわけにはいかん。そんな状況に
  なればこの街の経済と産業は破綻するからだ。根本が崩れるからだ。いずれは解放する気ではいるが街が安定してからだ」
  「ふぅん」
  現実主義者か、アッシャーは。
  確かに解放してしまえば、街から逃がしてしまえば街の運営は破綻する。
  もしもワーナーがこの街の主導権を欲しているのであれば誰も逃がさないだろう。もしかしたらクーデター成功後には兵士と奴隷の立場が逆転する
  のかもしれないけどアッシャーもワーナーも労働力を必要としているのは確かだ。この街の運営上、どうしても労働力が必要だからだ。
  どっちに付こう?
  どっちに……。

  『アッシャー様。ダウンタウンで何か妙な動きがあるそうです』

  どこからか声がした。
  ああ、壁にあるインターコムからだ。
  声はクレンショーのもの。
  確か奴隷達が反乱を画策している節があるとか言ってたわね、さっき。今まで調査していたのだろう。お仕事熱心な事だ。
  「すぐに行く」
  インターコムにそう告げてアッシャーは立ち上がった。
  「悪いが行かねばならん」
  「私も行きますか?」
  一応はアッシャーの指揮下という立場ですし。
  10名の部下を持つ小隊長。
  「君は今日は賓客だ。この屋敷でゆっくりしていてくれ。誰かに客室に案内させよう。寝るなり湯浴みするなり好きに過ごしてくれたまえ」
  「ありがとうございます」
  それならゆっくりさせてもらおう。
  もちろんこれは好機でもある。治療法法云々はとりあえずおいて置くにしても情報収集の絶好の機会だ。
  「先に言っておくがサンドラの研究室には近付くな」
  「了解です」
  釘を差された。
  だけどサンドラの研究室、ね。あの人は科学者か。つまり治療方法の研究をしているのだろう。
  夫は支配者、夫人は科学者。
  治療方法についての秘密の厳守は完璧というわけか。
  「基本的に屋敷は自由に動いてもらって構わんが研究室には近付いてはならん。警備の者にも君には立ち入りの権限を与えていないと伝えておく」
  「ご心配なく。大人しくしてますから」
  嘘だけどさ。
  「ではな。明日には戻る。その時、どちらに付くかを聞かせて欲しい」
  「分かりました」
  アッシャーの第一印象は決して悪いものではない。
  ま、まあ、ワーナーの第一印象が最悪過ぎるだけなんでしょうけどね。
  さてさて。
  どっちに付くかなぁ。







  その頃。
  アッシャーの屋敷の屋根裏。

  「良い事聞いちゃった。アッシャーのお宝かぁ。トレジャーハンターとして確実にゲットしないとね」
  潜む者。
  それトレジャーハンターのシーリーン。愛称シー。
  ピットの街にはワーナーによって送り込まれた。しかし途中で押し付けられた任務に飽きてしまい、現在はスチールヤードを拠点に動き回っている。
  ミスティの先任者というわけだ。
  屋根裏が彼女は微笑する。
  「機会が巡ってきたら屋敷の電源落として暗闇の中を突撃してお宝ゲットだぜー、をしないとねー。アッシャーの宝か、なんだろうなぁ」